ひとこと集「新日本三景」選び
国語科 池田辰彦 e-mail;ikemail@leto.eonet.ne.jp
「新日本三景」選び出版される
下記のような注文で授業の片隅で81回生の生徒諸君に書いてもらった「ひとこと集」ですが、甲陽生の一面が現れていて楽しくなり、出版しました。ここにも紹介いたします。
范仲淹の「岳陽楼記」が洞庭湖の風光をたたえていたことにちなんで、現在の私たちにとって「新日本三景」とは何か、と問いかけたいと思います。
着眼はもちろん、推奨する理由にも腕をふるって下さい。(1998年4月)
北海道を起点として南下していきます。
佐野光- 納沙布岬から望眺む北方四島
- 今は霧がかかっていてよくみえないが、我々の主張が彼らに受けとめられたとき、霧も晴れるだろう。
ロシアが四島を返してくれたら、いいなあ。
服部峻- 北方四島
- “新”日本三景ということなので、
- 現在はロシア領だが、近々日本領になることを考えて…。
藤森大輔- 北海道釧路平原の草原
- あの草原に立てば誰もが自分の小ささを感ずるであろう。
大西謙二- 北海道の牧場
- 行ったことないけどとても広大で心があらわれそうだから。
新庄庸三- 大雪山
- 国定公園になっているのにふさわしく壮大で一度見たら忘れられないから。
笹野遼平- 摩周湖
- 世界で最も透き通った湖で緑に囲まれておりきれいだから。また、見に行っても、霧により見えないことが多いから。
尾崎由博- 本別
- 行って見てもらわないとわからないが、本当に素晴らしい。見わたす限りの草原や、広がるトウモロコシ畑など、ここに行くと心が雄大になる。映画などで見るカナダの風景のようなものである。自然の姿そのものが見られる場所は現在の日本では限られている。その中で一日中すごしてみれば疲れなど吹き飛び、原始の心にかえれるのである。現代人にとって原始にもどるのは、大切なことである。その点で現代人に必要な風景として挙げたい。
築森薫- 尾瀬ヶ原
- まだ行ったことはないけれど写真を見て、一番行ってみたいと思った場所だから。
中嶋直人- 渡瀬川
- あまり知られていないが、渡瀬橋から見る夕陽は、まさに絶景である。さらに、河原に下りると、北風がピューっと吹いてきて、とてもせつない気持ちになる。
自然があり、人が少なく、伝統の重みも感じられる、一人旅には、ピッタリの場所である。
河野友裕- 大都市の夜景
- やっぱり経済大国ニッポンを象徴するような、東京大阪等の夜景は絶品。人の生きざまの縮小図かも。
永井聡之- 東京都二十三区
- 現在日本を代表する都市がどれほど殺風景な町かを知り、またその中にもまだ自然が残っているのだという事を知る事によって日本を変えていこうという気持ちになれる場所だから。
山崎唯生- 新宿歌舞伎町(夜中から早朝にかけて)
- 何がすごいってネオンがスゴイ。日本の風俗は世界的にもひけをとらないが、その風俗の象徴のような色であるピンクをはじめとして、様々な色があふれている。小生は週末の朝の五時ごろこの町をぶらついたのであるが、本当に眠らない町であると自らの五感で実感した。そして大阪では決して感じることのできないあの独特なふんいきと、そこでたわむれる人達は新日本三景の一つと言えよう。
奥公雄
南都清範
三木洋平
横田弦紀- 富士の樹海
- ミステリー
これで日本を味わえるはず!
富士山ではなくあえて森、磁場がくるっていて、迷いやすい、ここには何かあるのか? 自然のすごさが伝わってくるいいところです。見た目も壮大 なかに入ると木がかたむいていて、あんがいあなたも迷うかも、自殺はやめていただきたい。
足立剛- 岐阜県金華山から見た長良川
- 先日父について岐阜に行って一人で半日歩いた。岐阜市は私の発祥の地であり初めて二本の足で歩行した場所である。その岐阜市をゆったり流れる長良川はとてもよいものだった。
西島健- 長良川、中海、諫早湾
- どれもこれもはじめは美しく豊かな自然と生物に満ちていたが、建設族の公共事業でぼろぼろにされてしまった。この三つはどれも現代のむなしさをそそる風景であるため。
児玉啓佑- ェ伊勢の夫婦岩ェ東京のお台場ェ甲陽高校からの夜景
- ェ夫婦岩の間からの日の出がとてもきれい。ェ東京の超人工的な景色を一望できる。ェ冬の夕方、一年生の教室から見る夜景がなかなかいい。
河井雄志
飯島亮介- 天の橋立
- 地形が自然の力であんな形になっているから。まさに芸術品。
上総直人- 天の橋立
- これからの日本にここほど落ちつける場所があるだろうか。
花立幹大- 嵐山
- 中一の頃に行った時、大きな池に長い橋がかかっていて、まわりも自然がいっぱいといった情景に感動し、今も忘れられないから。
中戸隆一郎- 平安神宮
- 最近はどこへ行っても人が多く、土地も道路もみな狭いと思ってしまいます。しかしここはとても広く、開放的な気分を味わえます。しだれ桜が満開の時は、景色もなお良いです。
鄒貴光- 京都駅
- 古風な町並の中で超近代的な建物がより一層浮かび上がる、過去と未来のミスマッチなアンバランスさが逆に新鮮さをかもし出すのである。
山本致之- 和歌山県白浜
- あの浜岸を一度見たら、そこが地名通りだということがすぐ分かる。なにしろ、本当に海岸が白いのだから。
山口飛鳥- 近鉄石切駅付近から見た大阪平野
- 奈良から近鉄に乗り、生駒トンネルを抜けると眼下に大阪平野が広がる。特に夜は、突然眼の前に光の海が広がったようで素晴らしい。奈良へ行った帰り、私はいつもこの景色を見て胸を打たれると同時に、大都市・大阪の元気な姿を見てほっとするのである。
伊藤大介- 能勢町
- 緑にかこまれているのに現在日本で問題になっているダイオキシンにかなりおかされているから。
椋木浩平- 大阪城のほとり
- 桃色陽気に涼むと、心がほのぼのします。
向井健二- 通天閣
- 大阪のシンボル。時計がついている。一度はのぼってみて損はない。
榎谷祐亮- 宝塚大劇場+花の道
- ずばり、『宙組』ができたから。あと、だれも知らないけど、宝塚ホテルに新しいレスタウラントができたから。ちなみにアタシは宝塚市民。
戸田順彦- 甲子園球場
- 親の禁止を押し切り春休み6回も行った。
小林規道- 甲山
- 富士山と違うけどすごく形のいい山だ。みるに価する。中学のとき授業中にボケーッと見ていた。
仲谷健史- 夙川の桜
- 朝の通学の時にここの桜を見ると、とても心がなごみ、ねむけがさめる。ここを通ると一瞬現実の世界からはなれるような気がする。
吉田亮平- 夙川の桜並木
- 他の場所での美しい桜の風景をあまり見ていないこともあるが、満開の桜がこれでもかといわんばかりに連なっている様はまさに圧巻である。
山本泰康- 芦屋川の南女(甲南女子)の行列
- いきいきとした顔、ととのったスタイル(胸)、黒のストッキング、バーバリーのマフラ…。季節によって変わる、その花に、ぼくの心はホットになる。今日も笑顔をありがとう!!
谷村和哉- 六甲山から見える神戸の街並
- あの阪神大震災をうけたとき、炎に包まれもうもとに戻らないかと思った神戸の街が、たった数年の間にここまで復興したということを考えると、僕たちに「生きる」ことを再認識させ、頑張ろうという気持ちがわきおこるから、僕はこれを推奨したい。
河原史明- 六甲山からの街なみ(夜景)
- 一度実際に行って見たが、今でも心に焼きついているから。
周允諭- 神戸の夜景
- 夜遅く家に帰ってくると、カーテンは開けられたままで、電気がついてないので、夜景がきれいに見える。それを見ると、カーテンを閉めて、電気を消すことが数分間できなくなるから。
松永元孝- 神戸の夜景
- 神戸の夜景は美しい。夜といえば、月、星もきれいだがクラブ帰りの甲陽からの夜景は、それに優るとも劣らず美しい。それは、心が清められ澄み渡る瞬間であり、「人間も、悪いものばかりを作っているのではないな。」と感じる時である。あの瞬間は、僕のこの、今の時代を愛せる時である。
松井悠記- 神戸の夜景
- もともと百万ドルの夜景と言われるほどだが、震災によって見るに耐えないものになってしまった。しかし、復興するにつれて元に戻ると共に以前以上のものとなった。(自分の住む街でもあるので)
和田浜裕之- 海から見た神戸港
- 海を埋めたて、自然を支配しようとして、逆襲にあい、さらに同じことをしようとしている人間について、考えさせられるから。
北田剛志- 阪急御影駅の近くにある深田池
- 幼い頃によく行った深田池に久しぶりに行ってみたら桜が咲いていてとてもきれいだった。それから何回か友達と一緒に行ったが、とても静かで、リラックスでき、昔のことを思い出していると初心にかえることができるから。
吉岡博之- 明石海峡大橋
- これだけ大きな吊り橋は日本はもちろん、世界でも見ることのできない壮大なものであるから。
宮脇渉- 明石海峡大橋
- あれができたせいで、舞子駅南東の松の木がへってしまった。
川井翔一朗- 明石大橋
- 須磨の砂浜から見た(美術の宿題で行った)夕日にうかぶ橋の黒いシルエットがとてもきれいだったから。
山岡武史
生島正之助- 明石大橋から見る神戸
- 100万ドルの夜景である神戸を山からではなく海から見ることができるのがポイント。今からデートスポットになるのはまちがいないでしょう。「本当によかった」と祖父がいっていました。
則岡智裕- 明石大橋
- 「新日本三景」というからにはやはり近代的美というものを追求したい。大橋という人工のものが自然にどでかくまたがっているのは人間にとても象徴的ではないか。又被災地の近くにあるというのもとても味ではないか。
松本安正- 淡路の夜空
- ちょっと前まで片田舎であり、空気も澄んでおり星もきれいであった。今となっては明石大橋も通り車が通り、汚れるのは目に見えている。よって期限ものの風景であるが、なくなると思うとやはり惜しく思える。そんな景色こそはかなく美しく見えるのではないか。
金田憲和- 鳥取砂丘
- 砂、砂、砂… どこまでいってもひたすら砂。
そして砂山の頂上に立つと突然向こうにバッと広がる海の景色。
いろいろな物がうじゃうじゃあるよりは、こういうさっぱりして、かつ雄大な景色の方がよほどすばらしい。
宮下紘幸- 秋吉台〈夜〉
- 緑の大地のなかに白い石灰岩がちらばっているのが珍しく、特に「現在」のというのであればホテルからのライトで照らされた夜のこの風景がいいと思ったから。
松島伸幸
北田真也- 五島列島の浜
- ここの浜は、僕が今までいった中で、一番落ちついていて静かだった。ゴミも少なく、海の色は、深い青色ではなく、エメラルドグリーンのような色。遠浅で、引き潮になると、目に見えるぐらい、海水が引いていくのも美しい。
奥雅弥- 屋久島
- 自然がより自然の形で残っている。人の手で植えられた木の林や森などとは違う。うっそうとしていて何かがふってくるような威圧感がある。
一生の間に一回は行きたい。
稲田忍- 奄美の海(特になぎ)
- 見わたすかぎりの青い海が広がっていて、海は深さが50mをこえているが底まできれいに見ることができる。
山崎友裕- 沖縄のオクマ(ケラマ)の海中
- あの青緑の海と、海をのぞいて見える魚が美しい、もう他では見られないような景色である。もぐってみるとよく分かる。
今井章文- 沖縄の海
- 水がとてもすき通った碧みどり色で飛行機(別に飛行機でなくても上空から見えるのなら何でもいいけど)から見た沖縄の海はまるで一つの大きな宝石のように見えるから。(ちなみに碧色は目に優しく、精神を安定させる働きを持っている)
堯谷健助- 全ての景色は等しく何かを感じさせる。
- そういう意味では、日本三景などと実に愚かしい。大切なのは我々の心の問題だ。
下向市朗- 現象界には存在しない。イデアの世界。
- 想像してみるのがよい(兼好)
小西悠介- スキー場
- 大都会にはない新鮮な空気と連山が重なる雄大な景色を見ることができる。リフトの上から見る人間は蟻のようで大人物になった気分にさせる。経済先進国の技術と自然が調和したすばらしい景色だと思う。
森田卓也
遠近真矢
吉田能得- 坂下商店
- 何十回生にも及ぶ甲陽生が通いつめた昔ながら駄菓子屋風のお店。
さまざまな個性の集まった甲陽生が音楽のA先生の目を気にしながら経済活動を行っているので。
谷岡俊英- この学校からのながめ
- 晴れて空気の澄んでいる時は遠くに大阪ドームを見ることができ、さらに遠くを見ると生駒や金剛の山々を見ることができる。しかし空気が澄んでいる時が少ないのが唯一の欠点。
藤原圭佑- 甲陽からの景色
- 我々は甲陽にいながらにしてすばらしい景色を見ることができる。
我々は静的で一元的な価値観を持って生きるのではなく、これからは様々な他者とのかかわりの中で、各々の固有の価値を認めて生きていかねばならない。
馬殿洋樹- 美術室から見た西宮市の夜景
- 音展の片付けの後にお茶を飲みつつ見たのがとても印象的だったから。
斎木秀- それは…我が校舎から見た、素晴らしき絶景だ!!
- だって最高なんだもん!夜見ると、さらにグッド!あーなんてロマンチックなの!?
坂元靖昌- 甲陽から眼下に広がるつくりみやびな西宮市
- 西宮市のような空気が汚い所が増えたら困るが、西宮市のような地盤があって、現在の日本がある。ありすぎては困るが、なくても困る。
先進国のジレンマを謙虚に表現している西宮市は、まさに日本三景の一つに数えるべきではなかろうか。(別に西宮市じゃなくてもいいような気もするなあ)
高柳賢- 甲陽高校生徒棟四階から見る風光
- 地震の悲劇の後、生まれかわった神戸、西宮の様子を一望することができるのでまさに“新”日本三景の一つにふさわしい。
神田直之- 甲陽からの夜景
- クラブで疲れている時とくにきれいに見える。
田中隆伯- 学校の窓から見える景色
- 毎日見ているので。いろいろな思い出がつまっているので。
沢田巧- 甲陽高校から見る西宮市
- 勉強して頭がつかれた時にその窓の外の風景を見ると非常にすっきりし、気持ちがいい。
松生泰典- 甲陽高校の四階からのながめ(一年の教室)
- 一年間慣れ親しんできたから。
冨田貴彦- 甲陽の窓からの景色
- この景色は、いつも見ているかもしれないけれども、新高一の時に、新たな気持ちで高校に上がってきたときに、初めて窓から見た景色はとくによかったと思う。
藤原康一- 甲陽の校舎から見た夜景
- クラブが終わった後に、教室に忘れ物をとりに行って思わず見とれてしまったから。
苅野真吾- 教室の窓からの景色
- その日によって遠くまで見えたり、運動場しか見えなかったりする。世の中の広さがよくわかる。
岡村玲大- 甲陽の窓から見おろすながめ
- 授業中など気ばらしになってよい。(晴れていたら)
竹中健祐
泉中健志- 甲陽から見える夜景
- 普段生活している場所で、昼に見てもいいが、初めて見た時は感動した。これほど美しいとは思っていなかった。みんなも夜遅くまで学校に残ってみよう。
石塚洋- 甲陽学院高校の1年A組の出席番号3番の座席から見る景色
- これは毎日見ていたが、とてもよかった。特にクラブが終わって忘れ物に気付いてとりに戻ったときなど夜景がいと美しかった。授業中も、あまりの美しさにねむりに陥ってしまうほどだった。いろんな意味でもう一度この席にすわってみたい…。
他のいくつかの強力な候補を圧倒的強さをほこって破った理由は、その土地の名称を忘れてしまったからだったりもする。
大町英之- 自分の部屋
- どんなに美しく、すばらしい風景をもつ場所でも現在の私達にとってその風景は、安らぎをあたえてくれるが、それと同時に“自分は、こんなところでのんびりと風景を眺めていてよいのだろうか。他の受験生達は、自分がこうしている間にも勉強をしているのではないか”という不安も感じる。そこで、“自分の部屋”ならば、勉強をしていなくても、自分の置かれている状況を再確認でき、(まあ、それと同時に少しの不安もいだくが、それは微々たるものでやる気さえあれば逆にその不安も自分にとって有利なものに変えられるだろう。)勉強をすぐに始められるという安心感がある。そして一番のメリットは、勉強もできるし休む(さぼる?)こともできる。
「新日本三景」選びについて語る池田先生
池田辰彦(あとがきに代えて)- 范仲淹の岳陽楼記よみしのち書きつのりたる「三景」のメモ
- もう少しそろったところでプリントをとひきだしのなかひととせを経ぬ
- 若きらの胸うちにある光景のみずみずしさに読みほれている
- おのが道きりひらかんと励みゐるきみに明るき風・光あれ
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