帰宅部の

生田泰浩



さあこれから活動開始!?

帰宅部って一体・・・

帰宅部とは、その名の通り、活動内容が帰宅の部。すぐに帰宅するのが普通。
しかし、ただ帰宅するならどこの部だって同じだ。帰宅部の真の活動内容は別にある。
それは、早く帰宅することでできる、多くの自由時間でする何かである。
勉強をしなくてはならない時は勉強をし、遊びたい時は遊び、休息の必要があれば休む。
つまり、帰宅部は最も自由のある、最も自分に適したことができるものなのだ。

主張? 世間一般では、帰宅部の扱いはあまりいいとは言えない。甲陽では別に気にしている人はいないだろうが、 社会に出て、学生時代は何をしていたかと問われたときはどうだろうか。部活はしていなかったとなると、 相手の顔は曇ることになるだろう。
だが帰宅部の実質は、その評価と比例しているだろうか。帰宅部というと、自分でも何もしない怠慢な イメージがあったのだが、実際よく考えてみるとそうでもない気がしてきたのだ。
部活動は楽しめなければ意味がないと思うし、自分にあったものでなければならないと思う。もしそういう クラブが見つからなければ、自由な時間をつくって、自分にとって大切なことをするのもいいはずだ。
部活動は楽しむだけではない。運動部なら身体を鍛えられるし、先輩後輩の関係を学んだり、厳しさを知り 根性も鍛えられるということもあるだろう。だが、帰宅部の自由さは時としてそれらをも兼ねられるだろうし、 普通に部活動をするだけでは学べないことを学ぶこともあるだろう。また、自由の少ない部ではできないよう なことをできるといったこともあるだろう。
これらの内容は人それぞれだから、どんなものかを示すことはできない。だが、少なくとも自分は、帰宅部 として、普通に部活をしている人にはないものを持っていると思う。当然、劣っている部分も数あることを 認めた上で、だが。そしてこれは、帰宅部に限ったことでないとも思うだろう。そう、誰であっても自分の持つ 何かを、自分にない何かを認めているはずだ。その点では帰宅部は、他の一見好印象の部と、いや、部の枠を 超えて、全て平等である。
結局、どんな所で、どんなことをし、どんな経験をしても、そのそれぞれにおいて、何かを得ることをでき れば、それはなにものにも批判できない人生の財産になるのではないか。もちろん、常識と道徳の許す範囲内の ことに対してだが。
人は、その環境や触れる人、事柄などによって成長していく。人は自分だけの経験を持ち、また他者には 別の経験がある。それらが大切であることを考慮すれば、帰宅部だって充分な活動をしていると考えられるの ではないか。


とりあえず帰ろうかなぁ


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