〜夙川散策〜
【はじめに】
第86回生の田中祐貴・村松友貴が身近な夙川を取材しました。
夙川は兵庫県西宮市の西よりに位置する小さな川です。
川の両岸は樹木の豊富な公園になっています。
ほとんどのところで遊歩道が整備され、また、大半のところに、川をさらに近くで見ることが出来る川中道路が設けられています。
そんな夙川を甲陽学院高等学校前の角石橋から、河口・香枦園浜にかけて、主に橋に注目しながら調査しました。
夙川には角石橋から河口まで、およそ5kmほどの中に19の橋があります。
上流から順に、角石橋、明礬橋、銀水橋、越木岩橋、北夙川橋、苦楽園口橋、大井手橋、こほろぎばし、阪急夙川駅を経て、羽衣橋、片鉾橋、夙川橋、名前の分からない橋があり、阪神香枦園駅を経て、また夙川橋、そして国道43号上にまたまた夙川橋、あとは川添橋、新翠橋、翠橋、あしはらばし、浜夙川橋です。
夙川中流域 本校前の角石橋より阪急夙川駅まで 村松友貴編
学校の正門を出て、すぐにあるのは角石橋です。通学路沿いに歩いて行くと程なく明礬橋。なぜ、『明礬(ミョウバン)』なのでしょうか?興味深いものです。そして県道が夙川を渡るところに銀水橋があります。この橋のすぐそばには、夙川女学院大学があります。古い橋で、名前ほどきれいではありませんでした。次は、越木岩橋。朝、この橋のあたりでは、犬の散歩をしている人や、ジョギングをしている人がよく見かけられます。普段の水量はさほど多くなく、ちょっとした水遊びにちょうどいい所です。どんどん下流へ…。北夙川橋。神戸方面から車で来て芦屋市の岩園トンネルを経て、宝塚市や六甲山の方へ行くときに通る、夙川学院そばの橋がこの橋です。夜には少し時代がかったランプが橋の存在をアピールしています。苦楽園口橋。阪神大震災で致命的な打撃を受けたため、しばらくの間工事が続き、地震からおよそ2年半を経た平成9年の夏頃、美しい橋が完成しました。大井手橋。橋の両側には地震以前の橋に備わっていたのと同じ欄干端が置かれており、少しでも昔の面影を伝えようとしています。こほろぎばし。この橋はバイクや車が通れない橋です。どうしてこんな名前なのか気になりましたが、分かりませんでした。
夙川下流域 阪急夙川駅より夙川河口・香枦園浜まで 田中祐貴編
阪急夙川駅は、夙川の上にあります。その夙川駅のすぐ南側に羽衣橋が架かっています。しばらく下流に進んだところにある片鉾橋は、夙川にかかる橋の中で唯一、路面が鉄製の橋です。そして…。夙川橋についてです。夙川橋は3つもあります。
一つ目は、国道二号線に架かっている橋で、阪神大震災によって前後の道路部分との間に段差が出来てしまいましたが、工事のおかげで広い歩道を持った立派な道路が完成しています。
二つ目は、阪神香枦園駅のすぐ南側の幅6メートルほどの道路に架かる橋で、かなり老朽化しています。この橋が「初代」の夙川橋です。
三つ目は、国道43号線に架かる橋で、幅はとても広く、阪神高速道路の工事の後、長い間整備が続けられ、中央に阪神高速道路の橋桁を抱く幅の広い中央分離帯が設けられ、両側には、立派な照明塔がつき、舗装も真新しい、片側三車線のきれいな道路になっています。次は、川添橋。この橋は車の通れない橋で、橋の幅は約1メートルしかありません。しかし、阪神香枦園駅への通勤、通学路となっており、利用する人はかなり多いです。橋の欄干は木で出来ています。新翠橋と翠橋は、15メートルほどだけ離れて架けられています。今では翠橋に車が通ることはほとんど無く、新翠橋を通ります。あしはらばしも、バイクや車は通ることが出来ません。川の両側の道路からは、フラットにはつながっておらず、まず階段で7、8段降りてから少し進んで、また階段を2、3段昇って橋を渡るという構造になっています。甲陽学院中学校の通学路になっています。欄干がとても低く、最も川に転落する可能性が高い橋かもしれません。もっとも、今まで川に落ちた人の話を聞いたことはありませんが。河口に最も近い浜夙川橋の付近には川の水が減って餌をとりやすくなった時には多くの鳥が飛来し、道ゆく人の目を楽しませてくれます。川の土手からカモメも食するパンくずなどを与えようとすると、遠方からも次々と鳥たちが飛来し、賑やかな光景となります。
【編集後記】
今回、普段は何気なく見ている夙川を本校前の角石橋から河口・香枦園浜にかけて詳しく調査しました。
夙川は、緩やかな流れを保ちながら、それぞれの場所で様々な景色や自然と溶け合い、いろいろな姿を見せてくれました。
夙川にはゴミがほとんどなく、このままずっと美しい川であってほしいです。