われわれ鉄道研究部は単なる鉄道マニアの集団にすぎないのですが、鉄道の写真を撮る、比較的活動的な方(一応、模型も少しはやりますが・・・)だと思います。 例えば今年の夏休み、鉄道旅行好きには必須の“青春18切符”(11500円でJR全線5日間乗り放題)を使って、岩手県盛岡まで行きました。 以前にも東京・名古屋・北陸地方、さらに南は博多・熊本まで行ったことがあります。もちろん新幹線のような旅情が無いものなど利用しません!)来年頃には、北海道でも行ってみようかなあと思っています。 各駅停車の鉄道旅行、意外と楽しいですよ!
活動
2001年度の音展にて
鉄道研究会流鉄道の旅(大回り乗車編)
JR西日本の広大な路線内を120円(初乗り料金)で旅する事ができるというプランがあります。それは小さな例で言うと大阪環状線において大阪福島間を常人ならば内回りで行くところを、同じ料金で外回りで行く、即ち大阪→京橋→天王寺→西九条→福島と遠回りして行くことです。これは今のところはJR西日本公認の乗車方法なのですが、御社の方もあまり気が進まない様です。なおこの方法で乗車した場合、途中下車は不可ということになる。また同じ所(同じ駅)を2度通ることはできず、範囲も近畿地方の主要路線に限られる。
鉄研考案プラン(加古川線の旅路)
大回り乗車の鉄則
このプランはJR神戸線、加古川線、福知山線を利用するもので、以下の説明ではJR元町駅出発JR三ノ宮駅到着という設定です。
まず第一に元町駅にて三ノ宮駅までの切符を購入します。つぎにそのままホームに上がります。しかしこのとき神戸・明石方面のホームに上がります。そして2番乗り場より神戸方面の列車に乗車して加古川へと向かいます。加古川には新快速が停車するので神戸で新快速に乗りかえるととても便利です。加古川に着くと北側の加古川線ホームまで移動します。このとき加古川線というのは非常に列車本数が少なく、しかもその大半が厄神駅(加古川駅から12分)行きなので谷川行きの列車に乗れるように前もって調べておく方がいいと思います。加古川線(谷川行き)にうまく乗車することができれば、そこからメインの風景を満喫してもらいたい。中でも序盤から中盤に掛けて車窓に広がる加古川や、終盤山々の中を縫う様に走るのは実に爽快である。日本へそ公園駅は特に旅の情緒というものを引き立てる。
谷川に着いたら山々に囲まれた素晴らしい景色を目にするだろう。ここもまた列車の本数が非常に少ないので気をつけたい。我々もここで列車を2時間も待つハメになってしまった。待ち時間の間ホームに寝転がって待つのもいい。周りに動く物と言えば雲しかないのだから・・・。列車が来るとそのまま尼崎まで行ってしまってもいい。この辺は無人駅なので車内検札がまわってくるが、その時は「大回り乗車です」と素直に申告してもらえばいい。車窓からは深い山々の絶景が見えるが、トンネルや117系車輛の騒々しい走行音に邪魔される事も多い。尼崎に着いたら新快速で三ノ宮駅に帰ればいいのである。この時、新快速の速さと自分達の住んでいるところの便利さ・めまぐるしさ・時の流れの速さを感じるであろう。
三ノ宮駅に着いたら即改札を出てもらいたい。ここで改札を通らず元町や神戸に行くと大回り乗車の鉄則に違反することになるのだ。あなたも是非一度試して欲しい。
主な路線・拠点は以下に示します。
JR神戸線(大阪〜加古川)、加古川線、福知山線(尼崎〜谷川)、JR京都線、大阪環状線、JR東西線、学研都市線、琵琶湖の周囲のJR線(京都〜近江塩津〜米原〜草津〜京都)、草津線、奈良線、
関西本線(天王寺〜柘植)、その他奈良南部・和歌山方面は現在調査中です。
同じ場所は2度通ることはできない。
必ず隣の駅までの切符を買う。
途中下車は不可能。
鉄道研究会流2000年夏の青春18切符の旅
鉄道研究会では各地の鉄道研究の為、長期休暇の間には旅に出る。そして昨年2000年8月にもまた旅に出た。今回の旅では3人の者が集まり、目的地は主に関東地方と東北地方であった。今回集まった3人はみんな学生という事もあり、高額な切符や宿泊費はおろか道中での食費に充てるお金さえも余り持ち合わせていなかった。この3人がいかにして今回の旅を繰り広げたのかを紹介したい。なお、あくまで参考として今回の旅にかかったおおよその費用を示したいと思う。
<旅が始まるの前に・・・>
白崎大輔の18きっぷ独り旅放浪記〜淋しい15才九州初上陸編〜
日程・経路
一日目:宝塚 558 (564M) 尼崎 621-627 (703M) 姫路 753-759 (1409M) 岡山 918-1009 (3727M) 福山 1055-1114 (541M) 府中 1155-1209 (731D) 三次 1334-1419 (358D) 備後落合 1521-1522 (446D) 新見 1632-1634 (958M) 岡山 1812- 大阪 -2208 (9231)
二日目:(9231) 小倉 606-
篠栗線香椎線の電化に伴い、今年中に無くなるであろう,日本最後の50系客車とディーゼル機関車のDD51に牽かれる普通列車。(小倉にて)
1999年12月29日〜31日、初めて(一人で)九州を訪れた。もちろん新幹線などという邪道な乗り物には利用せず、季節列車の快速「ムーンライト九州」を利用した。夜行列車というものは過去に東京に行く際(もちろん鉄道撮影のため)サービス最低の快速「大垣夜行」
しかない。「ムーンライト九州」は14系客車(リクライニングシート)なので、寝心地はまだ良かった。こういった夜行快速はやはり人気があって、(新幹線とか特急を利用するよりチョ〜激安だから)指定席をとっておいた方が良いだろう。
そうしないと博多まで約9時間ず〜〜〜っと立ちっぱなしである。(学校、会社を休んででも「みどりの窓口」へ買いに行くべきである。特に名古屋・大垣〜東京の夜行快速「ムーンライトながら」の指定席券は信じられないほど、取れません!!
(事実、私は一度も取れた事がない。まあ金があるなら新幹線、特に「ひかりRail Star」を使う方がお・す・す・め!)「ムーンライト九州」は京都発で東海道線・山陽本線をひたすら走り関門トンネルを通って小倉・博多を結んでいる。
JR九州の特急はかっこいい!!博多と熊本を結ぶ特急「ありあけ」(熊本にて)
往復とも夜行快速を使うので青春18きっぷを3日分使う事になるのだが、一日目の夜行快速を利用する前の時間が非常にもったいない!!という事で、宝塚(俺んち)から大阪へ行くついで(?!)に
宝塚〜(福知山線)〜尼崎〜(東海道本線・山陽本線)〜姫路〜岡山〜福山〜(福塩線)〜三次〜(芸備線)〜新見〜(伯備線)〜岡山〜姫路〜(山陽本線・東海道本線)〜大阪という、めっちゃハードスケジュールを立てた。(もちろん全部各駅停車ONLYである。)そして大阪から「ムーンライト九州」に乗り、大阪〜岡山〜広島〜下関〜小倉と利用した。小倉でJR九州の電車を撮ったり、立ち喰いうどんを食べた
また貴重な気動車急行が消えてしまった。熊本とを結ぶ急行「くまがわ」。なおこの車両は現在休車中。(熊本にて)
今となっては見られない485系の三階建て特急「みどり」「ハウステンボス」である。(鹿児島本線・鳥栖にて)
白崎大輔の18きっぷ独り旅放浪記〜くそ寒い山陰の旅編〜
行程
宝塚 540 (562M) 大阪 610-623 (702M) 京都 700-707 (406M) 近江今津 805-816 (643M) 敦賀 849-906 (231M) 福井 907-914 (343M) 金沢 1047-1121
1999年12月25日〜26日、鳥取・米子へ行った。以前にも友達と二人で行った事はあるのだが、今回はそいつが「金が無い」とかほざいて行かなかった、という訳で一人である。(よう考えたらクリスマスや!!寂し〜!!)この時も夜行快速に乗った。
名前は「ムーンライト八重垣(やえがき)」である。これもまた季節列車である。大阪から岡山経由で米子・出雲市を結んでいる。一応大阪と米子を結んでいる定期列車はある。急行「だいせん」である。これは大阪から城崎経由で結んでいるのだが、「ムーンライト八重垣」の方が30分早いのである。
これはどういうことなのか?まあどうでもいいが・・・。閑話休題。この時も「ムーンライト八重垣」までの時間がもったいないと言うことで大阪〜京都〜(湖西線)〜敦賀〜(北陸本線)〜福井〜金沢〜富山〜(高山本線)〜高山〜岐阜〜(東海道本線)〜米原〜京都〜大阪とかなりの遠回りをした。
で、ひとまず宍道(しんじ しじみで有名な宍道湖の近く)で降りた。さすが日本海側の地方である。雪がめっさ積もってる。くそ寒い。誰もいない。駅前には何も無い。朝6時、暗い。で結局、キハ58系の快速「とっとりライナー」で出雲市へ行った。キハ58系は国鉄、いや、世界中で俺の一番好きな車両である。
俺はこのキハ58系を撮る為にわざわざここへ来たのである。山陰地区では国鉄時代の車両がほぼ原形で残されているのである。 俺のカメラはぼろいので35から80mmの家庭用カメラなので撮りにくいのる。一応頑張って、キハ40・47系、キハ58系、キハ181系、381系を撮った。
その後、出雲市へ行って、寝台特急「出雲」(東京と京都・鳥取・出雲市を結んでいる。姉妹列車に岡山経由のサンライズ出雲がある。)を撮った。これは唯一、ディーゼル機関車DD51が牽引している寝台特急である。そしてその後、米子へ戻った。米子には元米子機関区があって、いまは後藤総合車両所として今でも利用されている。
この後藤総合車両所はホームから直接見れるので、鉄道ファンにとっては嬉しい事である。しかも全てがディーゼル気動車である。かつて、蒸気機関車が休んでいた扇形機関車庫が今でも使われている。米子で撮りまくった後、鳥取・城崎・福知山経由で帰途についた。
一日目:宝塚 540 (562M) 大阪 610-623 (702M) 京都 700-707 (406M) 近江今津 805-816 (643M) 敦賀 849-906 (231M) 福井 907-914 (343M) 金沢 1047-1121 (439M) 高岡 1200-1300 (347M) 富山 1321-1347 (830D) 高山 1542-1626 (1726D) 美濃太田 1844ー1900 (756C) 岐阜 1932ー1934 (2335F) 米原 2022ー2036 (3665M) 大阪 2159ー2301 (9921)
二日目:(9921) 宍道 626-935 (3453D) 出雲市 954-1140 (3454D) 米子 1245-1532 (3430D) 鳥取 1705-1731 (544D) 浜坂 1814-1828 (190D) 豊岡 1932-1939 (448M) 福知山 2048-2110 (2528M) 宝塚 2300
注意:これらの時刻・列車番号はすべて当時のものです。あと、夜行快速「ムーンライト八重垣」は無くなったみたいです。(18きっぷ族にとって、山陰地方へ行くのに便利だったのですが、正直困ってます。)
白崎大輔の18きっぷ独り旅放浪記〜絶滅の危機!!キハ58系を撮って、撮って、撮りまくれ!!編〜
写真はすべてキハ58系で上段左から、(国鉄急行色 奈良にて)(急行「たかやま」色 大阪にて)(急行「能登路」色 大阪にて)(いさり火色 大阪にて)(高岡色 富山県・高岡にて)(盛岡色 盛岡にて)(ジョイフルトレイン「フェスタ」 大阪にて)
という訳で、キハ58系を写真に残そう!とこの2001年の春休みにキハ58系ONLY撮影旅行を予定しました。主な目的地は、山陰地方と長崎地方です(暇なので、東京にも行きます)。是非、参考にしてください!!(一応、ほとんど普通列車)
列車・一日目:宝塚 711 (2721M) 福知山 859ー924 (331M) 東舞鶴 1012ー1031 (931D) 敦賀 1227ー1315 (4846M) 近江今津 1353ー1413 (3345M) 大阪 1529ー2100 (3254M) 米原 2220ー2225 (3236F) 大垣 2255ー2309 (372M)
* 春休み中、小浜線は電化工事のため、一部区間がバス代行となる。大垣〜(372M)〜東京は快速「ムーンライトながら」の事。(指定席券、取れました!!)
列車・二日目:東京 442ー1233 (341M) 沼津 1447ー1449 (783M) 静岡 1539ー1549 (785M) 浜松 1659ー1700 (949M) 豊橋 1736ー1745 (2123F) 名古屋 1834ー1839 (2333F) 米原 1951ー1954 (3661M) 京都 2045ー2133 (9231)
* 京都〜(9231)〜博多は快速「ムーンライト九州」の事。
列車・三日目・Aプラン:博多 727ー819 (1321M) 鳥栖 845ー847 (835M) 肥前山口 934ー947 (2007M) 諫早 1033ー1042 (3223D) 長崎 1112ー1200 (3230D) 諫早 1234ー1248 (2020M) 鳥栖 1359ー1406 (4340M) 博多 1433ー1440 (2634D) 直方 1555ー1640 (4637D) 博多 1731ー2116 (9232)
列車・三日目・Bプラン:長崎までAプランと同じ。長崎 1112ー1311 (3232D) 早岐(はいき) 1444-1510 (938M) 肥前山口 1558-1615 (866M) 鳥栖 1653-1712 (4352M) 博多 1741-2116 (9232) この後はAプランと同じ。
* 肥前山口〜(2007M)〜諫早は特急「かもめ7号」(885系)(自由席で\2170)の事。Aプランの諫早〜(2020M)〜鳥栖は特急「かもめ20号」(885系)(自由席で\3440)の事。博多〜(9232)〜岡山は快速「ムーンライト九州」の事。
列車・四日目:岡山 410ー633{554} (4031M){925M} 米子 908{915}ー1335 (3457D) 益田 1717ー1813 (554D) 小郡 2038ー2125 (3553M) 下関 2227ー2256 (9232)
* 岡山〜(4031M)〜米子は特急「サンライズ出雲」(ノビノビ座席は全席指定\5330)の事。岡山〜{925M}〜米子でもOK!!しかし、115系の各駅停車なのでしんどい。下関〜(9232)〜大阪は快速「ムーンライト九州」の事。
列車・五日目:大阪 625
総旅費:A:\24480 B:\21040
スクープ写真
2000/10/30、JR福知山線三田駅構内で大阪発福知山行き普通電車(117系4両編成・2525M)のパンタグラフが焼き切れるという事故が発生した。原因は、その時雨が降っていて、車輪が空転し、モーターに過剰な電流が流れた。通常なら、ある一定の電流が流れると、
強制的に電流をシャットダウンする装置が働くのだが、この時は、その装置が故障していたため、このような事故が起こったのである。写真は、新大阪駅で偶然遭遇した、EF65に無動力回送され(おそらく)吹田工場に向かう事故車。側面の表示幕は普通・福知山行きのままだった。現在の消息は不明。(新大阪にて 00'11/4)
<交通費>青春18切符・・・11,500円 指定席券(三枚)・・・1,530円 特急券・・・2,500円程
以上3点が交通費なのだが、これが五日間の交通費である。めまぐるしい日本社会の中で生活されている方はもうお気付きになっていると思うが、これはほんとに安いものである。交通費が五日間で16,000円程度というと一日平均すると約3,200円、移動距離なども考えると新幹線で東京から大阪(片道)行くのが、いかに高いのかということが分かるでしょう。
東京大阪間は新幹線で行くと片道で約15、000円かかるそうだから、私達の五日分の楽しみを僅か3時間で使い果たしてしまうという計算になるのだ。
<宿泊費>
以上0点が宿泊費である。なぜ0点であるのかというと4泊のうち3泊は電車の中(これが<交通費>の部で余分にかかった指定席である)で過ごし、残りの一夜は様々な都合上盛岡駅コンコースにて野宿することになった。言ってみればこの0という数字はすごいものである。一般にホテルで一夜を明かそうとすれば5,000円以上かかることを考慮に入れると、ここでも20,000円以上も浮かしている訳である。
<食費>
僕の(著者)一日の食費(五日分)・・・約600円
内訳・・・朝、アンパン一個80円 昼、駅のかけそば200円 夜、マクドナルドCB三個252円(税込) これに水分補給の為にあと幾らかお金が要る。
これが僕の場合の一日の食費である。一日で吉野屋の牛丼大盛り一杯、一日でタクシーワンメーター、と思えば我慢できたことである。しかしこのような我慢も今回の旅においては一種の楽しみとなっていた。例えば昼食のそばだが、これは関西、北陸、関東、甲信越、東北それぞれで味が全くといっていいほどかけ離れている。また関西弁を話す我々にとって、その地方の言葉を話す店の人(店の人といっても、立食いそばのおばちゃんだが・・・)と会話するのがとても面白いことだった。ただ、東京の某Yノ手線やK東北線では我々の関西弁を、意味の分からない言葉でべらべら言う人達もいた。
ひとまず今回は旅の概要についてだけをお話しました。次回は旅の一日目と二日目の事について詳しく紹介したいと思いますので、ご期待下さい。
本題に入る前に、もう少し青春18切符についてお話したいと思う。御存じの方も多いと思うが、青春18切符というものはいわゆるJR全路線の乗り放題切符である。乗り放題切符といても阪神・阪急・近鉄・南海などの発売している乗り放題切符とはわけが違う。これらの大手私鉄の乗り放題切符は、いくら路線延長距離が日本一の近鉄にしても近畿圏ないしか移動する事はできない。が、青春18切符の乗り放題の許容範囲というのは言ってみれば沖縄県を除く日本全土である。JR路線さえ使えば日本中どこまででも行けるのである。また、この切符は5回(日・人)分で1枚となっている。どういう事かというと、1日乗り放題切符5枚分で1枚になって発売されているのだ。1人で5日分使う事もできるし、5人分の1日乗り放題切符としても使えるのである。ただし5人のように複数人数で使う場合は各自の単独行動はできず同一行動を強いられる事になる。そして価格は前述の通り1枚(5回分)11,500円である。今回我々は各自1枚ずつ青春18切符を購入し4泊5日の旅に出たというわけである。
我々は甲陽に入学してから4年目(高校1年)になる夏にこの旅を計画したのだが、中学時代にも音楽と展覧の会で歴史的な記録を作り出した(入場者数・学校側の評価・長年の好敵手であった生物部を追越す等)鉄道研究部(社会部U)として様々な活動を繰り広げていた。そもそも今回の旅を含め活動の主な内容であった鉄道写真撮影にはかなり力を入れてきた。特に1999年度の中学校音展では約2000枚の写真が展示され、その当時に我々が撮影した鉄道写真の数は6000枚を越えていた。たった1本のフィルムからはじまり、ここに至るまでの我々の努力は少なくとも私の中では学院生活の中で一番の誇りである。我々84回生が中学2年の時に撮影活動が開始され、初めのうちは通学途中に出会う列車の撮影をしていたが、次第にその範囲は神戸から大阪、大阪から京都、京都から奈良・和歌山・兵庫県北部などと近畿圏をほとんどカバーできるくらいにまで広くなり、中学3年になると東京などの関東地方や中部・四国方面にも足を運ぶようになった。そして今回はその活動が更にエスカレートして東北地方に行く事になったのだ。
あと、今回の旅に関しての詳細となるのだが、我々は前述の通り4泊のうち3泊を列車の中で過ごしている。ようするに夜行列車を利用したわけだが、この夜行列車の指定席券の確保が困難を極めるのである。なぜなら我々以外にも18切符でこのような旅行をされている方々は非常に多く、その上僅か510円で乗れるからである。この指定席券の予約は乗車当日の1ヶ月前から前日まで行われているが、上記の理由などで人気があるので個人で行く場合も、団体行動などで隣の席・まとまった座席を予約したい場合も、確実に席をとるためには発売開始当日に購入する事を勧める。また我々は今回、新潟〜東京の「ムーンライトえちご」を3度利用したのだがいずれも満席であった。ということは、あらかじめ指定席券を買っておかないと、とり返しのつかない事になってしまうのだ。だから、このような長旅をする場合は必ず余裕を持って計画を立てて欲しいと思う。もちろん時刻表は旅の途中にも必需品となるが、前もって買っておいて全行程のおおよその列車について調べておかなければならない。
さて、いよいよ旅の本題に入りたいと思います。ご覧になっている皆さんも是非日本の鉄道路線図などを片手に読み進めていってください。
<1日目>2000年8月6日、出発地神戸(明石・垂水・宝塚)、目的地新潟。
早朝5時、出発の時がきた。夏なので辺りは少しずつ明るくなっていた。荷物は修学旅行や林間学校に行くぐらいの程度であったが、実際かなり多かった。5時20分、私は最寄駅である垂水駅で青春18切符に印を押してもらい各駅停車に乗り込んだ。早朝だというのにかなりの人が乗っていたのを覚えている。この列車の中で明石からの友達と合流した。普通列車は6時15分頃に大阪駅に到着し、大阪駅で宝塚からの友達と合流した。
6時23分、大阪発米原行きの快速列車に乗り京都へと向かった。列車は東海道本線(JR京都線)をゆっくりと北上していった。途中京都へ向かう通勤客などで込み合う場面もあった。37分間の乗車で京都に到着した。この37分間は普段あまり長い間列車に乗らない我々にはとても長く感じられたが、このあと待ち受けていた長時間乗車からしてみればかわいいものだった。7時7分に京都発近江今津行きの列車に乗った。列車は琵琶湖の北側を通る湖西線を北へ北へと向けて走りつづけた。この時、車掌が女性だったという事を鮮明に覚えているのだが、最近ではJR各社を始め多くの鉄道会社でイメージアップの為か女性の車掌が増えてきている。またJR東海の東海道新幹線では女性の運転手が誕生したというのはニュースでもおなじみの事であろう。話を元に戻すが、この列車(路線)では都市京都の影響もあってか、沿線の景色も車内の様子もまだまだ都会の味があった。そして列車は約1時間かけて近江今津に到着した。8時16分、敦賀行きの列車に乗り込んだ。ここまでは時間に余裕というものが余りなく、列車に乗り換えることだけで精一杯だった。列車は更に湖西線を北上し、近江塩津という駅に到着した。この駅は、京阪神間で毎日フル稼働している新快速の湖西線方面の最も遠い終点である。大阪から実に120キロ離れているこの駅と、新快速の西側最遠の終点である播州赤穂を結ぶ新快速は通勤列車の中の特急と言っても過言ではないだろう。しかも最高速度は時速130キロで、評定平均速度が時速90キロにもなるというのだからなおさらであろう。また、この近江塩津では南から来る北陸本線と合流するのである。従って、列車はここから北陸本線を走る事になり、そのまま敦賀駅に到着した。
敦賀駅で列車に乗り換えるときには、すでにまわりの様子や車内の雰囲気などは都会では感じられないものとなっていた。利用客のほとんどが我々と同じように青春18切符を利用しており、その他にも観光や登山などのための大きな鞄やリュックサックを身に付けている人が多くなってきた。敦賀駅を9時6分に発車する列車に乗り我々は福井駅へと向かった。この列車の中でもまわりの人達の会話内容というものは、目的地での鉄道撮影の話や、観光先での予定などであった。我々もトランプなどのカードゲームをして小一時間ほど過ごした。列車は福井駅に到着した。
ここで、我々3人の中の1人が1日目の目的地である新潟で「SLばんえつ物語号」というものを撮影したいという予定があったので、時間の関係上仕方なく特急列車に乗ることになった。特急列車には青春18切符では立ち入る事さえもできないため、普通乗車券と自由席特急券を買う事になった。ここでまた驚いた事が、我々の乗った特急「しらさぎ1号」にはかなりの乗客がいたという事である。この北陸本線には、大阪・名古屋から富山・新潟・信州方面への「雷鳥」「サンダーバード」「しらさぎ」「加越」などの特急列車が1時間に3本以上の割合で走っているというから更に驚きである。普通乗車券と特急券はいずれも車内改札で購入する事になった。我々はこの特急列車に1時間ほど乗車したのだが、その乗り心地というものは普通列車とは比べ物にならなかった。485系という肌色のボディーに赤い帯を巻いている国鉄特急の象徴の車輛だったのだが、今となっても手入れはしっかり行き届いていて良かったと思う。なお普通乗車券と特急券の値段は福井〜金沢で2,430円であった。それと、この列車を含めJRの特急列車(特に自由席)は常時混雑が予想されるので、もしこのように旅先で特急列車に乗車する予定があるのなら、事前に特急券を購入しておいたほうが良いと思う。
列車は金沢駅に到着した。金沢では乗り換えの時間にかなりの余裕があった。といっても30分ほどだったのだが、驚くべき事はこの30分の間に特急列車が3本も発車した事だった。計算すると10分に1本の間隔となるのである。また金沢駅の周辺は私が予想していた街のイメージとははるかに異なり、高層・中層ビルの立ち並ぶ斬新な都会であった。金沢駅からは11時21分発の普通列車直江津行きに乗車した。この列車の中で我々はかなり長い間寝入ってしまった。途中北陸本線と北陸自動車道が併走している部分があり、特に長いトンネルの後、きりたった山々の迫る中、高速道路と鉄道路線が日本海に打ち出される所はなかなかの絶景だった。列車は3時間かけて直江津駅に到着した。今回の旅の中でも比較的長い方となったこの3時間の乗車は我々にとってかなり厳しいものであった。しかし
車内には依然として客足が絶えず、地元の人の交通手段としても、我々のような旅人の足としても必要不可欠な路線であるという事が感じられた。この直江津駅というとJR西日本とJR東日本の境界の駅であり、駅構内ではJR西日本のイメージカラーである青の色は全く見られず、JR東日本のイメージカラーの緑がメインに塗色されていた。直江津といえば新潟県なのだが、ここで話される日本語と言うのは日本で一番美しいとされているそうだ。もちろん関西弁などは誰も喋っておらず、かつ関東弁なまりの人もあまりいなかった。
さて、我々はJR西日本からJR東日本の管轄内へ踏み入る事になり、まずはじめに気付いたのが、サービスの行き届きの悪さであった。この直江津付近はJR東日本の極西の地域である為か車輛の手入れからして最悪だった。妙に乗り心地が悪く、ブレーキの音もひどいものであった。しかも、やたらと変な匂いが残っているなぁと思って車内をいろいろ見まわしていると、車庫の点検証(整備証)には1日前に害虫駆除の殺虫剤をまいたと記されていた。普通このような点検証には車輛の不具合の整備について書かれているはずなのだが、このように手抜きをしている為に乗り心地などが悪いのであろう。14時27分発の各駅停車新潟行きに乗車して我々は新潟の少し手前の新津駅へと向かった。この車内でも長い間眠っていた。また列車は直江津駅より信越本線に入り、柏崎・長岡を経て新津に至った。
新津に着き、「SLばんえつ物語号」を撮影すると言っていた一人を残し、我々は新潟付近の鉄道の撮影を開始した。新潟駅の周辺はかなり発達しており、都会であった。新潟には東京から上越新幹線が直通している事もあり、そこで話されている日本語は完全に関東の影響を受けていた。また、新潟駅は東京からのビジネスマンや新潟で働いている通勤客などであふれていた。新潟駅の手前の車庫で撮影などをして、20時頃に新潟駅で3人が集まった。我々は新潟駅付近の麺類屋でそばを食べ23時28分発の快速「ムーンライトえちご」新宿行きを待った。
待つ事約3時間、白新線から9両編成のムーンライトえちごが到着した。車両はかなり手入れが行き届いており、165系を夜行列車用に改造したものだった。この165系車輛にはJR東日本の太っ腹ぶりがおおいに詰め込まれていて、リクライニングシートではあったものの、シートピッチは新幹線級であった。新潟を出て新津を越えると車内検札の後車内の電気が消された。ここで日付が変わり、青春18切符にも2つ目の印が押された。翌朝は新宿駅5時10分の予定である・・・。
以上が1日目のだいたいの流れです。2日目以降の特集も順次やっていきたいと思っていますのでご期待下さい。
キハ58系の紹介:キハ58系は1961年から製造を開始し、1969年までに何と1818両にも及んだ、国鉄急行形ディーゼル気動車である。1970年代に全盛期を迎えたが、車体の老朽化、利用者数の減少、新型車の登場、電化、廃線などにより、
1987年のJR発足時には1094両、1999年末には500両、現在(2001年)はおそらく400両足らずにまで、減ってしまった。あと5年〜10年で全廃は確実である。かつては日本全国を力走していたのだが、今ではほとんど見ることが出来ない。キハ58系が、活躍している地域は、
盛岡、金沢(急行「能登路」)、小浜(若狭:この小浜線は電化が決定!!)、鳥取・米子・出雲市(主に快速「石見・とっとりライナー」:石見ライナーは、今年の夏、新型車キハ126系に置き換え!!)、岡山・広島(急行「つやま・ちどり・たいしゃく」)、山口、
福岡県の直方(今年の夏、筑豊本線・篠栗線・香椎線が電化!!)、長崎(おもに快速「シーサイドライナー」)、熊本(急行「くまがわ」)、鹿児島である。